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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)782号 判決 1964年4月10日

原告 横浜信用金庫

理由

一、第一の手形金請求について。

訴外小野康文が被告らの代理人として原告主張のとおり第一の手形を振出したこと、原告が右手形を満期に支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶され、現にこれを所持していることは、いずれも当事者間に争いがなく、原審証人小野康文の証言及び弁論の全趣旨によれば、右の第一の手形振出の際被告らの代理人小野と原告との間に被告らにおいて右手形金の支払を怠つたときは日歩金六銭の割合による遅延損害金を支払うべき旨特約されたことが認められる。そして、本件第一の手形振出について訴外小野に被告らを代理する権限が与えられていたことは被告らの認めるところであるから、被告らは原告に対して右第一の手形金二〇〇万円およびこれに対する満期の翌日たる昭和三四年二月二三日から支払いずみに至る迄日歩金六銭の割合による約定損害金を支払う義務がある。

そこで、被告らの相殺の抗弁ならびにこれに対する原告の再抗弁について判断する。被告らが原告に対して無記名定期預金債権(金額五〇万円、満期昭和三四年六月二五日、期間六カ月、利率年五分六厘)を有していたことは当事者間に争いがない。つぎに、原告が再抗弁として主張する被告小林に対する五〇万円の手形貸付金債権について考えるに、右手形貸付に当つて訴外小野康文が被告小林の代理人として行為したことは原告の認めるところであるが、小野が被告小林から同人を代理する権限を与えられていたことについてはこれを認めるに足りる的確な証拠はなく、かえつて、原審証人小野康文の証言および当審における被告本人小林英太郎の供述によれば、小野は被告小林の代理人として五〇万円の手形貸付を受ける権限を与えられていなかつたと認めるほかはないから小野の右行為は無権代理行為であるといわなければならない。原告は、仮りに小野に代理権がなかつたとしても、代理権があると信ずべき正当な理由があつたと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠は何ら存在しない。かえつて、前記証人小野康文の証言、被告本人小林英太郎の供述と成立に争いがない甲第二号証、ならびに検乙第一、第二号証の検証の各結果をてらしあわせれば、小野は、昭和三三年一二月二五日被告会社のため原告から手形貸付を受けた際には、被告らの実印、印鑑証明等を所持し、これを使用して被告ら名義の約束手形(甲第二号証)、約定書(甲第三号証)を作成して原告に交付しているのに、それから僅か五日後の同年同月三〇日被告小林名義で手形貸付を受けた際には、小野は被告小林の実印を所持せず、手許にあつたありあわせの小林名義の認印を使用し、同被告名義で借入申込書(甲第七号証)、約束手形(検乙第一号証)、担保差入証(検乙第二号証)を作成したこと、右甲第二号証、第三号証には被告小林の住所として「東京都台東区浅草聖天横町二二」と記載しているのに、甲第七号証検乙第一号証には被告小林の住所として被告会社の本店所在地たる「横浜市港北区中山町六三〇」と記載していることが各認められるので、これらの点を確かめないで、たやすく小野に代理権があると信じたことには原告に過失があつたといわなければならない。したがつて、その余の点につき判断するまでもなく原告の再抗弁は理由がない。

ところで、被告らが原審昭和三六年四月七日の口頭弁論期日において前記定期預金債権をもつて第一の手形金債権と対等額で相殺する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであるから、被告らの右相殺は有効であつて相殺適状の生じた定期預金の満期日である昭和三四年六月二五日に遡つてその効力を生じたものというべきである。しかして右同日における定期預金と第一の手形金の各元金、利息損害金の額が被告ら主張のとおりであることは計数上明白であるから、右相殺の結果被告らは原告に対して合同して約束手形金残元金一、六三三、六〇〇円およびこれに対する昭和三四年六月二六日より支払いずみに至る迄日歩金六銭の割合による約定損害金を支払うべき義務があり、これを超える原告の請求は理由がない。

二、第二の手形金請求について。

原告が本件第二の手形(甲第一号証)を現に所持していることは当事者間に争いがなく、原審証人小野康文の証言によれば、右甲第一号証の手形は小野が被告らに代わつて署名捺印の上振出したものであることが認められる。

そこで、小野が右第二の手形を振出すべき代理権を有し又は仮りに代理権を有していなかつたとしても原告にとつて代理権があると信ずべき正当な理由があるとする原告の主張について判断する。成立に争いがない甲第五号証の一、二、第一一号証の一、二、第一二号証、原審証人、小野康文、同来生勝治、当審証人中沢正好の各証言、当審における被告本人小林英太郎の供述(ただし右被告本人の供述については後記信用しない部分を除く。)ならびに弁論の全趣旨を総合すると、つぎの事実が認められる。

(一)  小野は、横浜市神奈川区西神奈川町三丁目七番地に本店を有し、石油製品の販売を業とする訴外又新石油株式会社(以下たんに訴外会社という)の取締役であつたが、訴外会社は多額の借財を負い、原告に対しても三、〇〇〇万円を超える債務を負つて、昭和三四年一月頃倒産した。

(二)  これより先、小野は同市港北区中山町六三〇番地に本店を有し、休業状態にあつた被告会社によつて事業を再建しようとはかり、昭和三三年四月一五日頃被告小林同光沢より出資を受け、被告小林を被告会社の代表取締役に、被告光沢を取締役に据えみずからは監査役となり、訴外会社から横浜市港北区中山町所在の営業所をゆずり受け、石油製品の販売を始めたが、被告小林同光沢はいずれも石油販売業に経験がないため、被告会社の営業は事実上小野に一任されていた。

(三)  昭和三三年暮頃被告会社が前記営業所の隣接地を買受けるため約一五〇万円の資金を必要としたところ、小野は右資金を原告から借り入れようと考え、その旨被告小林(被告会社の代表者でもあつた)同光沢と相談した結果、原告に五〇万円の定期預金をして二〇〇万円を借り入れることにつき被告らの承諾を受け、被告らの実印印鑑証明ならびに土地の権利証を預かり、原告本店に赴き、営業部長来生勝治らと交渉した。その際小野と原告係員との間において、小野が被告らの承諾を受けた金額を超え、三五〇万円を被告会社に貸付け、そのうち一五〇万円をもつて訴外会社の債務の一部弁済に当てることとなり、小野はその旨被告らにはからないで同年一二月二五日被告らの実印を使用し、被告会社を借主とし、被告小林同光沢を連帯保証人とする借入申込書(甲第四号証)、約定書(甲第三号証)ならびに被告ら共同振出名義の本件第一および第二の各手形(甲第一、第二号証)を作成して原告に交付し、かつ被告ら所有の土地に原告のため元本極度額三五〇万円の根抵当権を設定した上、原告より三五〇万円の手形貸付を受け、第一の手形金額に相当する二〇〇万円のうちの五〇万円をもつて定期預金の払込をなし、更に若干の利息、手数料を差引いた残額一四〇万円余りの交付を受け、第二の手形金額に相当する一五〇万円はその場で訴外会社の債務の弁済に充当した。

当審における被告本人小林英太郎の供述のうち右認定に反する部分は信用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

以上認定した事実によれば、小野は原告より二〇〇万円の手形貸付を受けるについては被告らの正当な代理権を有していたが、三五〇万円の手形貸付を受ける代理権は与えられていなかつたというべきであるから、二〇〇万円を超える分については無権代理であるというほかはない。しかしながら、およそ、本人より実印、印鑑証明、土地権利証を託されて金員借受けの代理権を与えられたものが、右実印等を使用して取引をするにあたつて金額において本人の了解を得た額を超えて貸付を受けたような場合には、通常、相手方において代理人にその取引をなす権限があると信ずるのはむしろむりからぬことである。しかも本件では、前認定のとおりもともと被告会社は訴外会社からその営業の一部をゆずり受けた、いわば訴外会社の第二会社ともいうべきもので、事実上小野がこれを主宰していた事情にあり、かつ、原審証人来生勝治の証言によれば、原告金庫でもこのことは知つていたと認められるから、たとえ、本件貸借は頭初から借入金の一部をもつて訴外会社の債務の弁済に充当するとの合意のもとになされたものであり、小野にこのような権限があるかどうかについて原告がこれを本人たる被告らにつき確かめなかつたとしても、なお表見代理の成立に必要な正当理由ありとなすに妨げないものと考える。よつて被告らは第二の手形について共同振出人としての責任を負わなければならない。

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